巻頭言

「日立財団グローバル ソサエティ レビュー」第1号巻頭言

内藤 理
公益財団法人 日立財団 理事長
内藤 理

日立財団では,学術・科学技術の振興,人づくり,多文化共生社会の構築を中核領域に据えて社会のニーズに応じた活動を行っています。

本ジャーナルの提供により,研究者や当事者を中心とした人々が,専門領域を超えた有機的な交流と相互理解を深める機会を創出し,学術分野における新たな発想や視点のひろがり,および発展への一助となる事をめざしています。こうした活動を通して,多文化共生社会の構築に貢献していければ幸いです。

本号では,「多文化共生社会の構築とは」という大きなテーマのもと,有識者や当事者の思うところや課題と対応策などを紹介して,世の中に“気づき”の輪をひろげ,このテーマの重要性と本ジャーナルを発刊する目的を発信いたします。

グローバル化により,日本のみならず世界は大きく変わり,私たちが当たり前に思っていた価値観も変化をしていますが,急速な社会の変化により生み出された歪みが,より拡大してきているように思えてなりません。健全な競争を容認しつつも,一方で生じた格差とどう向き合っていくべきか,私たちに突き付けられた課題は,大きいものと考えています。SDGsはまさにこの発想から考えるべきで,誰一人取り残しを作らない,という,大きな人類の試みであり,それを可能にするのが多文化共生社会ということではないでしょうか。むろん,根底にあるのは「人権」で,これは時代が変わっても尊重されるべき価値観です。SDGsの理念もこの文脈のなかで成り立っていることをもう一度思い出すことも必要です。

同時に,多文化共生がもたらすメリットにも思いをいたすことは重要でしょう。単一で同一の価値観の集団から新たな発想やイノベーションが起きにくい,というのは,ビジネスの世界ではよく言われていることですが,お互いの価値観を認め合う社会が,私たちに豊かな発想を与えてくれはしないでしょうか。異なる意見や文化がお互いを高める契機になりますが,その前提として,寛容というものが必須になるわけです。

このような大前提を考えたうえで,いくつかの日本国内における課題を見てみますが,多文化共生というキーワードの中では,まず日本という社会で生活する外国人に対しての,いくつかの課題がすぐに思い当たります。例えば,少子高齢化による将来にわたる労働人口の減少,ということについても,AIやロボットを活用したDXへの注力に加え,労働力の強化などの施策が考えられるのですが,同時に外国人雇用の拡大という施策をどう考えるべきか,という課題にいきあたります。

これらの施策をそれぞれの専門で十分議論されることになりますが,ただ同時に,一つの施策が,さらなる大きな歪みを作っていく可能性もでてきています。一口に在日外国人といっても,言葉の壁や文化的価値観の違いをどう認識するか,生活面,精神面で不自由を感じてはいないか,また彼ら彼女らと交流して共存・協創を進めていく上で苦労している地域としての日本人の双方にとっての課題はなにか,よく検討していくことも必要でしょう。専門領域を超えた有機的なつながり,というのはまさにこのことを指します。

むろん多文化共生社会の課題はこれだけではありませんが,多くの課題について総合的・学際的な考察をしていくことが求められています。

本ジャーナルでは,そもそも多文化共生社会とはどのようなものか,地域の現場では今どのようなことが起こっていて,当事者たちはどうしているのか,周りの人々は何ができるのか,行政,地域コミュニティ,アカデミアは何を考えているのか,誰がどこで誰とともにどんな活動をしているのか,といった多面的な観点でデータに基づく事実や人々の声,めざす幸せな社会のありかたへの提言などを紹介していきたいと考えています。

また,多文化共生社会の実現への道のり,だけでなく,例えば阻害要因は何か,なども考えていくことは必要でしょう。心理的要因(心の壁:偏見,決めつけ,過信,無関心),制度的要因(制度の壁:法律,条例,常識など),行動学的要因(言行の壁:ネット書き込み,外国人居住地でのヘイトスピーチなど)など,論点は多いのですが,このような課題の認識が,世の中を変えていく契機となるのではないかと思うところです。

人は誰もが幸せになるために生まれてきており,その人らしく生きられる地域社会づくりは,多文化共生社会の構築にもつながるでしょう。異文化の相互理解は人々の視野を広げ,新たなイノベーションを生み出し,安心・安全でレジリエントな「住み続けられる街づくり(SDGsゴール11)」にも貢献していく可能性を秘めているものと考えます。多文化共生社会の構築とは,誰か特定の誰かの保護や幸福のために皆が協力して支えていくものではなく,皆が幸せを感じ,誰もが希望を持てる未来づくりに繋がっているものと認識しています。

本ジャーナルがアカデミアから広がる人の輪,さまざまな立場や考えを持つ人々が集い,広く交流し,相互理解や協創,イノベーションのきっかけや一助として役立っていくことを願い,巻頭のご挨拶とさせていただきます。

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