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2021年度(第53回)倉田奨励金 受領者決定

倉田奨励金は、日立製作所第2代社長、倉田主税の提唱によって1967年に創設された研究助成金です。自然科学・工学研究部門の3つの分野(エネルギー・環境、都市・交通、健康・医療)と、高度科学技術社会に通底する人文・社会科学研究部門の4つの部門、分野で募集を行っています。
本年度は全国から計242件の応募をいただき、選考委員会による厳正な審査の結果、49件の研究課題に対する助成金を決定しました。
なお倉田奨励金は毎年3月1日に贈呈式を執り行っておりますが、昨今の社会状況を鑑み、誠に残念ながら開催を中止することといたしました。今年度の受領者一覧と研究テーマ概要、選考経過報告、受領者代表ご挨拶をご紹介いたします。

倉田奨励金 受領者件数
自然科学・工学研究部門 エネルギー・環境分野12件
都市・交通分野8件
健康・医療分野18件
38件
人文・社会科学研究部門 11件
合計 49件

※第1回〜第52回の助成実績についてはこちらをご覧ください。

選考経過報告

選考委員長 大西 隆

2021年度 第53回倉田奨励金の選考経過について報告いたします。
本年度の倉田奨励金は、2021年7月1日に日立財団ホームページに募集案内を掲載し、応募締め切り日の同9月15日までに、77大学、高等専門学校1校、9つの研究所・研究機構から計242件の応募がありました。
自然科学・工学研究部門の3分野(I.エネルギー・環境、II.都市・交通、III.健康・医療)において1年間または2年間の助成、人文・社会科学研究部門は1年間の助成で募集を行いました。応募数の内訳は、自然科学・工学研究部門が188件、人文・社会科学研究部門が54件でした。

自然科学・工学研究部門は、今年も3つの分野それぞれに幅広い分類の研究テーマが見られ、多岐にわたっておりました。新しい傾向としては、食糧問題、都市・交通における安心・安全に関する研究などが増加しております。
いずれの提案も、新しい視点で課題に取り組もうとする姿勢が表れており、技術的、学術的水準も高く、基礎研究と応用的インパクト、それぞれの視点から慎重に選考させていただきました。
人文・社会科学研究部門は、科学技術の進歩や活用に対する、倫理的インパクト、法的課題、政策課題、歴史的考察といった領域から、興味深い研究テーマを多数応募いただきました。本年度で3回目の募集となり、助成の主旨を広くご理解いただけるようになったという印象を受けました。
いずれの提案もユニークな視点で、かつ社会的意義のあるものでしたが、その中から本部門の助成の主旨、科学技術と社会の最適性、といった視点を重視し選考にあたりました。

選考は、多彩な研究をバランスよく助成するよう配慮しつつ、厳正に行い、2021年12月6日開催の選考委員会において、49件の研究課題(自然科学・工学研究部門:エネルギー・環境 12件、都市・交通 8件、健康・医療 18件、人文・社会科学研究部門:11件)に、総額約5,600万円の助成が適当であるとの結論に達し、理事長の承認を得て、贈呈を決定いたしました。
今年度の採択率も、自然科学・工学研部門、人文・社会科学研究部門ともに20%という厳しい結果であります。採択された皆様方の研究は、いずれも独創性に富み、かつ社会的要請に対応し、すぐれた成果を挙げられる可能性が大きいものと、選考委員一同、期待しております。
本日贈呈いたします倉田奨励金が、有効に活用され、受領者の皆様の研究に役立つことを念願しております。

受領者代表挨拶

自然科学・工学研究部門

エネルギー・環境

北海道大学大学院
工学研究院
助教 石田洋平

石田洋平氏

このたびは、第53回倉田奨励金に採択いただき、誠にありがとうございます。エネルギー・環境分野の受領者を代表し、公益財団法人日立財団理事長、選考委員、関係各位の皆さまに深く感謝申し上げます。採択いただきました助成金を基に、大学が担うべき基礎研究の立場から、社会が直面する課題に対して少しでも貢献することを目指して参ります。

倉田奨励金で採択いただいた研究内容は、植物の光合成系のエッセンスを化学的に模倣・再現することで、太陽光エネルギーの変換を目指したものです。

植物・光合成微生物が約27億年以上の時間をかけて地球上の二酸化炭素(CO2)を光合成により固定してきた結果としての化石資源を人類は産業革命以降、極めて短期間に自身の活動の為のエネルギー源として、いわば「食いつぶし型」の消費を続けています。その結果、地球規模でのエネルギー危機と共に膨大な二酸化炭素の排出に起因するとされる気候変動など極めて深刻な地球環境への懸念を誘起しています。このような状況下でCO2を排出しない新エネルギーの創出は、人類の存続を賭けた最優先課題と言っても過言ではありません。地球に降り注ぐ太陽光エネルギーは、現在の人類の消費エネルギーの約1万倍におよぶことからも次世代エネルギーの本命であることは明らかであり、太陽光エネルギーを化学エネルギー(物質)として貯蔵し、必要な時に必要な量のエネルギーを取り出せる新エネルギー系、人工光合成系を構築することが喫緊の課題となっています。CO2のゼロエミッションを実現しつつ、太陽光エネルギーから次世代型燃料を生成する広義の人工光合成研究では、天然の光合成反応が行っている巧みなシステムに学び、模倣し、そして凌駕する研究開発に集約されます。地球上における理想的な「物質変換及びエネルギー変換システム」である植物の営む光合成は水分子から電子を取り出しCO2に移動させ炭化水素として固定する反応であり、光合成細菌中ではタンパク質が色素を精緻に配列することで高効率な光化学反応を行っています。私はこれまで、静電的な相互作用を与える化学反応場を利用した独自の分子レベル構造制御技術により、光合成細菌中でタンパク質が行なっている高度な分子集合体制御を模倣することで新たな人工光合成モデル系を提案してきました。本研究では、太陽光を用いて二酸化炭素を原料として石油に類似したエネルギー・化学原料資源となりうる化学物質を合成する人工光合成の構築を目指します。国連が提唱したSustainable Development Goals(SDGs)の課題7を筆頭に持続可能なエネルギー源の確保は最優先の研究課題であり、化石燃焼に依存するシステムから自然循環型のエネルギーシステムへの転換に貢献できるよう邁進して参ります。

最後に、改めまして、第53回倉田奨励金に採択いただきましたことに深く感謝申し上げます。日立財団の益々のご発展と、関係者の皆さまのご多幸をお祈りいたします。

都市・交通

京都大学大学院 工学研究科
助教 川端祐一郎

川端祐一郎氏

2021年度(第53回)倉田奨励金に採択いただき、大変光栄に存じます。ご厚意とご期待に応えるべく、全力で調査・分析・執筆に取り組む所存です。
今回採択いただいた研究課題は「四輪自動車ドライバーの『オートバイ軽視』傾向がもたらす交通事故リスクに関する研究」というものです。「四輪自動車ドライバーの」とある通り、クルマを運転する人々の心理が主な分析対象となるのですが、研究の主眼はむしろ、我々が日々の通勤や行楽などで経験している交通現象の中でオートバイという乗り物が持っている特性を理解することにあります。

日本では1950年頃から郵便配達にオートバイが導入され、主たる配達手段になりましたが、これは世界的にも珍しい事例です。また、世界のオートバイ産業で「ビッグ4」と呼ばれるメーカーは日本のホンダ・ヤマハ・スズキ・カワサキですし(現在ではスズキ・カワサキの世界販売台数は中・印メーカーの後塵を拝していますが)、二輪のF1レースに相当するMotoGPクラス(旧WGP500クラス)では1975年にヤマハ車がチャンピオンとなってから2021年までの47年間、2007年を除いて日本車が年間優勝を続けています。
我が国はこれだけのオートバイ大国なわけですが、「交通手段」としてのオートバイに関する学術研究は多いとは言えません(車体の構造、材料、制御、運動特性などに関する研究は多く存在します)。実はこれは日本だけの傾向でもなく、交通研究の分野においてはオートバイの存在が普及度の割に軽視されてきたのだという指摘が、海外の論文にもみられます。
今回私が取り組みたいと思っているのは、この「オートバイ軽視」の傾向が、学術研究においてのみならず一般の市民(特に四輪自動車のドライバー)の意識の中にも存在しており、そのことが交通事故リスクなどにつながる場合もあるのではないかという課題です。
バイクはクルマに比べて何倍も事故を起こしやすく、死亡率も高いですし、バイクのライダーはクルマのドライバーに比べて「スピード」を好む傾向があることも分かっています。だから、「自動車とバイクの衝突事故が起きた」と聞けば、「バイクが無茶な運転をしていたのだろう」と想像する人が多いのは無理もないところです(私自身もそうでした)。しかし、四輪車と二輪車の衝突事故について調べた研究の中で、じつは四輪車側に原因があるケースがかなり多いという指摘もあり、中でも頻繁に起きるのが、本来二輪車に通行権がある進路へ四輪車が侵入するというケースです。日本のオートバイ教習所でも、事故で最も多いのは、四輪車が対向車線を直進してくるバイクを無視して右折を試み衝突する「右直事故」だと習います。
もちろん「二輪車は小さいため存在や挙動を把握しにくい」という要因は大きいと思われますが、それ以外にも、四輪ドライバーが二輪ライダーに対してネガティブな感情を持っており、それ故に配慮が不足しているのだという指摘があります。これには様々な背景があり、文化論的な考察を行っている研究の中では、1950年代頃からオートバイが「不良の乗り物」とみなされるようになったことや、価格の安さから比較的低年齢のライダーが多いことなどから、非ライダーがライダーに対して「蔑視」に近い感情を持っていることなども論じられています。ただこうした研究は未だ少なく、国内ではほぼ皆無です。
本研究では、こうした四輪ドライバーと二輪ライダーの間に存在する可能性がある「心理的な関係」の問題の構造を、双方への意識調査等を通じて明らかにしていきたいと思います。繰り返し述べたように、交通手段としてのオートバイに関する研究は盛んとは言い難いのが現状ですが、それだけに、貴財団がこうした研究分野への助成を決めていただいたことに深く感謝致します。

健康・医療

福井大学学術研究院
医学系部門
教授 木戸屋浩康

木戸屋浩康氏

この度は、第53回倉田奨励金に採択頂きまして、心より御礼申し上げます。僭越ではございますが、「健康・医療分野」の受領者を代表いたしまして、日立財団、選考委員および関係各位の皆さまへのお礼の言葉を述べさせて頂きます。

私たちは、基礎、臨床、疫学、看護など分野は違いますが、各種の疾患の治療法の開発や患者さんの支援のために、日々努力を重ねております。しかしながら、我々が行っている研究活動が目に見えるような成果を上げるまでには時間を要し、若い世代の研究者が社会的な評価を受けて活動資金を得ることは容易ではありません。そのような状況の中で、私たちの研究に対してご理解を頂き、このように助成を行って頂けることは、研究を推進する上での資金的な支援のみならず、日々の研究活動を進める上での精神的な大きな励みになります。

私は、血管が生体組織内でどのように形成して機能を発揮するのかを研究する「血管生物医学」を専門としております。特に、がん組織にて形成される腫瘍血管に注目し、がん治療法の開発に向けた基礎研究を展開しております。がん細胞の増殖には血管を介した酸素・栄養素の供給が必須であり、このことから、血管を破壊することでがんを兵糧攻めにするという「血管新生阻害療法」が提案されてきました。しかしながら、実際のがん組織というのは我々が想像していた以上に複雑であり、単純な「血管新生阻害療法」では治療できないことが明らかになっています。それに対する次世代のがん研究には、がん組織がもつ巧妙なシステムを理解することが必要です。つまり、がん細胞だけではなく、がん組織に存在する様々な細胞群が織りなす相互作用をも俯瞰した解析が求められています。私の研究課題では、血管を「酸素・栄養素の輸送路」と見なす従来の考え方ではなく、血管が「組織の司令塔」としてがん組織の細胞群に作用している可能性を探ることで、新たな切り口からのがん治療法の開発を目指します。
本研究課題は腫瘍血管に対するアプローチとしては正攻法から外れており、良く言えば挑戦的ではありますが、成功する可能性が担保されていない研究です。そして、基礎医学に対する研究費の削減が進められている現状では、このように成果や利益を得にくい研究を進めることは難しくなっております。しかしながら、次世代の医学を支える種となる挑戦的な研究は必ず必要であり、その芽を伸ばすための研究助成金というのは私達にとって大変重要な意義があります。時間がかかるかもしれませんが、本助成金によって育った研究が人類の健康と医療を支える大樹となるよう、私も全精力を持って研究に邁進する決意を新たにしております。

最後になりますが、この度はこのような挨拶の機会を設けていただき誠にありがとうございました。研究助成のご期待に添うべく、精進を重ねて社会に貢献したいと思います。財団の皆様および、審査のために貴重な時間を費やして下さいました選考委員の先生方、そして関係者の皆様に重ねて厚く御礼申し上げ、皆さまの益々のご発展とご多幸をお祈りいたしまして、私の挨拶の言葉とさせて頂きます。

人文・社会科学研究部門

大阪大学大学院 人間科学研究科 博士後期課程 桜木真理子

この度は、第53回倉田奨励金にご採択いただき、大変光栄に存じます。人文・社会科学研究部門の受領者を代表し、公益財団法人日立財団理事長、選考委員、関係者の皆さまに厚く御礼申し上げます。倉田奨励金は1968年からの長い歴史を持つ研究助成ですが、人文・社会科学研究部門が加えられたのは2019年度からです。科学技術の人文・社会科学的研究への研究支援を行う機関は少なく、倉田奨励金は大変貴重な研究支援であると感じています。ご支援を有効に生かし、今後ますます気を引き締め、研究を推進して参りたいと思っています。
私は文化人類学の立場から草の根的な科学に着目しています。ご採択いただいた研究は、「DIYバイオ」と呼ばれる新たな市民参加活動の事例研究です。DIYバイオとは多くの人々にとって耳馴染みのない言葉かと思いますが、これは「科学技術の民主化」をスローガンとして 2000年代に誕生した運動の一種です。一般の人々が実験手法やPCR機などの実験機器の簡易化や実験方法のプロトコルの公開を行い、誰もが科学的実践へと参加できる社会の実現に向けて取り組んでいます。

科学技術の開発や使用が、科学に対する市民の主体性の確立に通じるとする信条を持つDIYバイオの活動は、科学への市民参加の新たな潮流の登場を示唆しています。これまでの市民参加論では、科学者・市民・政策立案者といった様々な主体間の言論活動に焦点を当てた研究が主要で、その中で科学技術は、その開発や導入が与える利益やリスクに関する議論の的ではありましたが、市民の活動と直接的に関係する存在物とは見なされてきませんでした。これに対して近年、オープン・サイエンスやSNSの普及に伴い、市民自身が自律的にアジェンダ設定に着手する市民参加の形態が登場しています。こうした新しい市民参加にとって、アジェンダ設定と科学技術をどのように使うかは等しく重要な問題だと考えられています。科学技術社会論における市民参加論の内部でも、市民がかつてよりも科学技術や科学的実践に触れることが容易となった現状に応じて、科学者と市民のコミュニケーションや対話、あるいは論争のような公的な場における言論活動の研究から軸足を移し、アクター・ネットワーク理論の知見を導入しつつ、より日常的な領域から市民参加における技術や実践の役割を問うべきとの声が上がっています。言い換えれば、市民が実践的に科学の境界を拡張する「物理的な手段」として、市民参加のなかで科学技術にはいかなる働きがあるかを深く追求する必要が喚起されています。
そこで本研究では、日本のDIYバイオコミュニティを対象に人類学的調査を実施し、多様化する市民参加の動態を明らかにすると同時に、市民参加における「科学」のあり方や、それに携わる市民の主体性に、科学技術・実践がどのように影響しているのかを追求します。市民参加を科学技術と実践の観点から再考することによって、変わりゆく市民参加を論じるための枠組みを提供し、さらにそれが示唆する現代の科学と市民の関係性の変化を示すことができればと考えています。
改めまして、倉田奨励金にご採択いただき、また挨拶の機会を与えてくださったことに深く感謝申し上げます。日立財団の益々のご発展と、関係者の皆さまのご多幸をお祈りいたします。

倉田奨励金は、今後も倉田主税が願った理念を守りながら、変化する時代に相応しい活動を推進し、科学技術の発展と豊かな未来社会の創造に貢献してまいります。

お問い合わせ

公益財団法人 日立財団「倉田奨励金」事務局
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電話 03-5221-6677

E-mail:kurata@hdq.hitachi.co.jp