2025年3月3日(月)、経団連会館において、2024年度(第56回)倉田奨励金贈呈式を開催しました。今年度は昨年を上回る342件の応募があり、厳しい採択率の中、厳正な審査により採択された39名の研究者に対して奨励金を贈呈しました。
贈呈式では選考委員長の花木啓祐氏から今年度の選考経過報告があり、日立財団内藤理事長からは、受領者ひとりひとりに贈呈書を手渡しました。続いて各部門・分野の代表者にご登壇いただき、今後の抱負などをスピーチしていただきました。
今年度受領者39名の研究テーマは下記をご覧ください。
エネルギー・環境分野
東京大学
岩ア 孝紀 氏
自然科学・工学研究部門、エネルギー・環境分野の受領者を代表して、ごあいさついたします。
皆さま、3Rをご存じでしょうか。2006年に容器包装リサイクル法が改正されたのを機に、プラスチック容器をリデュース・リユース・リサイクルし、プラスチックごみを削減する取り組みです。当時は、ごみ処分場の逼迫(ひっぱく)が一つの喫緊の課題として認識されていました。それから20年がたった今日では、廃プラスチックやそこから生じるマイクロプラスチックによる環境汚染が、より大きな問題として認識されるようになってきています。日本では、2035年までに使用済みプラスチックの全量を有効活用することが、政府目標として定められています。
近年、悪者扱いされている合成高分子ですが、ウォーレス・カロザースが人類初の合成高分子ナイロンを90年前に開発して以来、科学者は軽量・安価な多種多様な合成高分子を生み出し、人類の生活を大きく変革してまいりました。輸送コストなどエネルギー分野の観点から、合成高分子を置き換える素材は存在していませんので、エンド・オブ・ライフまで見据えた合成高分子の利用が今後ますます求められています。
このような背景の下、私どもは有機化学者の立場から、プラスチックのケミカルリサイクル手法の開発を通じて、炭素循環社会の実現に貢献すべく研究に取り組んでいます。具体的には、ナイロンやポリエステル、ポリウレタンに含まれるカルボニル基の水素ガスを用いた分解反応に着目し、触媒によって、望みのカルボニル基を選択的に水素ガスと反応させる手法の開発を目指しています。
今回採択いただいた研究課題では、ポリウレタンをターゲットとしています。ポリウレタンは、皆さまが使われているベッドのマットレスや、自動車のシートに代表されるクッション材、さらには建材用の断熱材として、われわれの身の回りに多くある合成高分子になります。有機化学的には、ポリウレタンの主鎖に含まれるウレタン結合は、反応性の低い安定な化学結合に分類されることから、実用的な分解手法がないのが現状です。
一方、欧州ではエンド・オブ・ライフ・ビークル管理に関する規制強化を進めており、自動車のシートに含まれるポリウレタンのリサイクルが実践できなければ、今後欧州で新車を販売することが困難になります。すなわち、廃プラスチックは環境問題のみならず、貿易戦争の火種にもなってきています。さらに、近年利用が拡大している断熱材料等のポリウレタンに関しては、今後の建て替え等によって大量に廃棄されることが予想されることから、適切なリサイクル手法の早期確立が必要不可欠です。
本研究では、触媒によって水素ガスを反応剤とする廃プラスチックの分解を目指しますが、触媒によるカルボニル基の水素化反応は、名古屋大学の野依良治先生が2001年にノーベル化学賞を受賞されたことからも明らかなように、日本の有機化学の貢献が大なる研究分野の一つです。これまで日本で培われてきた技術を継承しつつ、新たな発想で有機化学の未踏分野に挑戦する精神を忘れることなく、基礎研究と廃プラスチック問題解決という応用研究に取り組んでまいりますので、皆さまの温かいご支援とご指導を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
都市・交通分野
大阪公立大学
加登 遼 氏
このたびは倉田奨励金にご採択いただきまして、誠にありがとうございます。
現在、日本の都市・交通分野は従来の前提が大きく揺らいでいると言われています。私は1990年生まれで、小学生の頃は日本の人口は1億2,800万人であると教わりましたが、今の子どもたちは、日本の人口は1億2,400万人と教わっています。さらに、2100年には、その半分の6,000万人まで減少すると推計されており、2050年までにどのような持続可能な未来を描けるかどうかが、日本の大きなターニングポイントになると指摘されています。2050年は、日本のターニングポイントになると同時に、私を含め多くのここに列席されている若手の研究者の皆さまにとっても、自分のキャリア、研究者としてのキャリアが終盤を迎える節目の年になるのではないでしょうか。
人口減少都市に関する研究は、世界中ではドイツの旧東ドイツのエリアであったり、アメリカのラストベルトのほうで研究されていて、いわゆるシュリンキングシティーズ研究と言われています。日本のシュリンキングシティーズ研究も進んでいるところではありますが、日本の人口減少というのは、少子高齢化に伴うかなり不可逆な人口減少と言われており、そこには世界に類がなく、世界中の政策立案者が日本の動向に注目しているところです。
未来へ希望を紡ぐシナリオを描けるかどうか、それを提示できるかどうかは、まさに現在を担うわれわれ研究者が先代から受け継いだ重要なバトンであり、われわれの使命であると考えています。
私の専門分野である都市計画では、住宅地の類型に応じて人口減少の対策のあり方が異なると言われています。中でも私が注目しているのが、大都市圏に多数立地している郊外住宅地、いわゆるニュータウンです。国土交通省の調査によれば、日本の中に2,000以上のニュータウンがあると言われており、そこでは流入人口はかなり少ない一方で、現在お住まいになられている団塊の世代の方が一斉に高齢化することで、特異な人口ピラミッドを形成しています。しかし、それは特異な形ではなく、日本の10年後の人口ピラミッドを示すと言われています。そのようなニュータウンに僕自身も生まれ育ったという経緯もありますし、ここに列席されている先生方、会場の皆さまにも、そのようなニュータウンで生まれ育った方がいるのではないでしょうか。
オールドニュータウンのオールドという言葉が示すように、そこに暮らす住民や行政の方、民間企業までもが将来に悲観的になってしまうようなニュアンスが宿っているということが大きな問題となっています。しかし、今こそこうしたニュータウンに住む人々が、未来に希望を持てるような将来像を描く必要があるのではないでしょうか。
そこで、私が掲げるビジョンがヘルシーニュータウンというものです。ヘルシーニュータウン、それはそこで人口が減って高齢者ばかりの町になったとしても、そこに暮らす人々が心身ともに健康であり、ライフスタイルを維持して生き生きと暮らせるような町です。それこそが今あるニュータウンのあるべき将来像ではないでしょうか。
私のラボでは、交通やヘルスケアの分野から、このヘルシーニュータウンに関する研究をしているところですが、今回ご支援をいただくことになった研究テーマは、都市計画の根幹でありながら、しかしシュリンキングシティーズ研究では難しいとされている土地利用の転換に関するもの、いわゆるアーバントランスフォーメーションに関する研究テーマです。その研究テーマの可能性を認めていただけたのは、独創性と先駆性を尊重してくださる倉田奨励金の理念あってこそだったと考えており、深く感謝しています。
ありがとうございました。
健康・医療分野
愛媛大学
齋藤 卓 氏
このたびは倉田奨励金に採択いただき、誠にありがとうございます。
今回、代表としてごあいさつする機会を頂き、大変光栄に存じておりますと同時に、非常に身の引き締まる思いでいます。というのも、私は実は生命科学の出身ではなくて、もともとは物理学を専攻し、現在は工学の技術を用いて生命科学への応用を目指す研究を行っています。そのため、私のような融合的な研究が評価されたということは、学問分野を超えた基礎研究の重要性を示すものと考えておりまして、非常に大きな励みとなりました。
また、今回の採択者には非常に若い先生も多くいらっしゃいまして、幅広い分野を対象としたこの倉田奨励金が、若手研究者の挑戦を支える貴重な機会となっているということを改めて実感しました。
私の研究テーマは、蛍光イメージングと言われる領域です。この蛍光イメージングというのは、生命科学の幅広い分野で利用されている技術になっています。顕微鏡のみならず、遺伝子のシークエンサーや臨床診断にも応用されているものです。また近年では、空間オミックスという技術が非常に発展しておりまして、遺伝子解析やタンパク質の可視化というところにも応用されて、生命科学をより詳細に捉えるということが可能となっています。
今回、倉田奨励金に採択いただいた研究では、蛍光偏光顕微鏡というものの開発を進めます。端的に言いますと、この顕微鏡は超解像顕微鏡と言われる顕微鏡の一種であり、従来の光学顕微鏡の分解能を超えて、数十から百ナノメートルスケールの微細構造を観察することができます。本研究では、特に空間分解能に加えまして、時間分解能への技術というものに注目して、それを発展させて、タンパク質の構造や動態といったものをより詳細に解析するということを目標としています。
私は、工学と生命科学の間にいる立場として研究を行っています。そういう立場であるからこそ、この両分野の間にあるギャップというものを強く感じることがあります。
実際に、生命科学の研究者と共同で観察実験を行う中で、これまでにない分解能や撮像速度に感動したという声を頂く一方で、高精度な技術があっても使いこなせないや、どう応用すればいいか分からないといった課題もよく耳にします。生命科学研究者が持つ素晴らしいサンプルや実験系が、計測技術の制約によって十分に生かされていないという現状を目の当たりにすることがありました。このような課題に対して、私は先端技術を研究現場で生かせる形にするということを意識して、現在研究を進めています。
新しい技術を単に開発するだけではなくて、それを実際の生命科学研究に生かせる形で提供し、研究者がより自由に使える環境を整えることが重要だと考えています。本研究が生命科学分野の発展に少しでも貢献できればと考えています。そして、倉田奨励金のご支援を糧に、今後精一杯努力し、社会に貢献していきたいと思っています。
東京女子医科大学
柏ア 郁子 氏
このたびは第56回倉田奨励金に採択いただき、誠にありがとうございます。
私は現在、いわゆる終末期医療を巡る生命倫理について研究しています。今日、科学技術の進歩によって、人々のさらなる延命が可能になったと言われています。ただし、この「延命」という言葉は、科学技術の進歩を歓迎する意味合いではなく、不自然で避けるべきものであるというような意味で用いられることが多くなっているかと思います。
しかし、このようなネガティブな意味合いで人々が「延命」と呼ぶ時、その科学技術は具体的にどのような技術のことを指し、それが延命であるのかそうでないのかは、具体的にどのような価値基準によって区別されているのか、実は明らかにされていません。
そこで、採択いただいた研究では、「延命」と呼ばれる科学技術の具体的内容と、それらを「延命」と呼ぶその人々の思考の基盤となっている価値を解明することを目指しています。
私の研究内容を簡単にご紹介しますと、「延命」を巡る各種の言説、つまり医学や生命倫理学の文献だけではなく、報道などの幅広い資料を精査して、そこから人々が「延命」と認識する具体的な科学技術の内容をピックアップします。それらは人工呼吸器、人工透析装置、人工栄養デバイス、化学療法、各種放射線治療、各種医療モニタリング装置などが考えられます。それらを実際に使用するに至る疾患だけでなく、それらを使用することが可能になる医療システムの仕組みがどうなっているのかについてもつまびらかにします。
その上で、それらの科学技術について、人々がなぜそれを「延命」と認識するのか、特に「救命」や「治療」という言葉との違いに注意しながら、人々の思考の基盤となっている価値を探求し、批判的考察を進めるというこのような研究をしています。
繰り返しになりますが、私たちが耳目に触れる「延命」という言葉は、ただの延命であるとか、無駄な延命であるとか、ネガティブな意味合いで用いられることが多いように思われます。しかし、私はもともと看護師であり、看護学教育者ですので、医療の目的であるはずのこの「延命」という言葉が、このようなネガティブなニュアンスで用いられることに常に疑問を感じてきました。
倉田奨励金の人文・社会科学部門の助成分野は、科学技術の進歩がもたらす社会の変容、その背景に潜む複合的な諸問題を人文・社会科学の視点から読み解き、科学技術の発展の意味や価値と、社会のあり方を探求する研究とあります。
この観点から、採択いただいた研究が、「延命」という言葉を巡る複合的諸問題を読み解き、生きることを支える科学技術、すなわちケアの技術を肯定できるような社会への波及効果をもたらすことを期待しており、そのためにこの奨励金を活用して研究を進化させていく所存です。
このような格式高い歴史ある研究奨励金ですから、今年度、特にまた非常に多くの申請者がいたと伺っています。今回、残念ながら採択されなかった研究者の皆さまもいるということも胸に踏まえて、選考委員の先生方のご苦労と期待に応えるためにも精進してまいる所存です。
贈呈式に続いて、同会場にて研究期間を終えた受領者による研究報告会を開催し、代表者4名に研究成果を発表いただきました。
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発表1:エネルギー・環境分野
奨励金No.1527(研究報告書)(PDF形式、783kバイト) |
発表2:都市・交通分野
奨励金No.1493(研究報告書)(PDF形式、694kバイト) |
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発表3:健康・医療分野
奨励金No.1556(研究報告書)(PDF形式、635kバイト) |
発表4:人文・社会科学研究部門
奨励金No.1566(研究報告書)(PDF形式、474kバイト) |
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贈呈式・研究報告会閉会後は会場を移し懇親会を行いました。列席の皆様には和やかな雰囲気の中、情報交換などで交流を深めていただきました。日立財団は、この交流が皆様の研究の更なる発展につながることを願っています。
懇親会 倉田奨励金選考委員 松本健郎氏 乾杯のご発声
懇親会 会場の様子